・...『昭和初期の陸上王子』
陸上インカレ、男子100m優勝者は早稲田の1年生。
ゼミ生君と同じ九州出身で、熊大への進学でほぼ決まりだったところを、早稲田がさらっていったとか。
ていうか、早稲田は集めすぎだよ。
ちょっとやりすぎ。( -ω-)y-~
プログラムの歴代記録を見ていて思ったのですが、早稲田はインカレ創設の当時(=昭和初期)、大学対校得点で、初回から3連覇をしています。
戦後すぐの頃までに10度優勝していましたが、優勝はそれっきり。
苦々しい思いをしていた大先輩のお偉方が、陸上早稲田の復活も目論んでいるのでしょう。
そして当時の早稲田を支えていたのが、日本初の五輪金メダリスト織田幹雄さんであることは間違いない。
織田さんは、第1回から第3回大会まで、走り幅跳びと三段跳びで3連覇しております。
もちろん、アムステルダム五輪で三段跳び金メダルを取るような選手だったのだから、当たり前ですが、この織田さん、実は第1回インカレの110mHでも優勝しています。
あと、4×100mリレーでも優勝(第2回、第3回)しています。
脚も相当に速かったんですな。
さらに第3回大会では、棒高跳びでも、後に「友情のメダル」として有名になった西田修平選手と優勝を分け合っています。
織田さんは、当時のスーパーマンだったんですな。
(; ゚Д゚)y-~
織田さんが出した三段跳びの世界記録は15m48。
一昨日やったインカレ三段跳びでは、ちょうど8位に相当する記録です。
優勝記録は16m20。
80年の時を経て、1mも進化していないんですな。
昭和3年頃ですから、うちのオヤジが生まれる前。
そんな時代の練習環境、トラックのコンディション、食生活など、もろもろ踏まえると、織田さんがやはり超人だったのか、それとも現代の選手に何か足りないのか。
国立競技場に聳える「織田ポール」を見るたびに、選手は意欲をかき立てられなければね。
織田さんが今の時代にいたら、間違いなく「陸上王子」として、マスコミに追っかけられたことでしょうな…。
チームメイトのゼッケンにマイクをつけされられそうになったりとか。
あと、女子アナから、ラブレターを渡されそうになったりとか。
そう考えれば、織田さんは幸せな選手生活だったのでしょうか。
あと、4×100mリレーでも優勝(第2回、第3回)しています。
脚も相当に速かったんですな。
さらに第3回大会では、棒高跳びでも、後に「友情のメダル」として有名になった西田修平選手と優勝を分け合っています。
織田さんは、当時のスーパーマンだったんですな。
(; ゚Д゚)y-~
織田さんが出した三段跳びの世界記録は15m48。
一昨日やったインカレ三段跳びでは、ちょうど8位に相当する記録です。
優勝記録は16m20。
80年の時を経て、1mも進化していないんですな。
昭和3年頃ですから、うちのオヤジが生まれる前。
そんな時代の練習環境、トラックのコンディション、食生活など、もろもろ踏まえると、織田さんがやはり超人だったのか、それとも現代の選手に何か足りないのか。
国立競技場に聳える「織田ポール」を見るたびに、選手は意欲をかき立てられなければね。
織田さんが今の時代にいたら、間違いなく「陸上王子」として、マスコミに追っかけられたことでしょうな…。
チームメイトのゼッケンにマイクをつけされられそうになったりとか。
あと、女子アナから、ラブレターを渡されそうになったりとか。
そう考えれば、織田さんは幸せな選手生活だったのでしょうか。

