▼マーケット・ライフ・サイクルの具体例(無糖茶市場)
このようなマーケットライフサイクルを具体的な例にあてはめて考えてみたい。例としてあげるのは「無糖茶市場」である。
縦に時間的推移を追い、横軸は大まかなシェアイメージを表してみた(注:本当の売上シェアに基づいてはおらず、あくまでもイメージである。実際の烏龍茶と緑茶の市販品のシェアは、烏龍茶の方が2倍くらい大きい)。


無糖茶市場といっても、今から20年以上前、まだ市販のお茶系飲料がなかった時代には、事実上「家庭でいれるお茶」がメインであった。しかし、81年に伊藤園が史上初めて「缶入り烏龍茶」を発売する。この段階で、無糖茶市場は、「缶入り」という画期的な新技術によって、「容器入り無糖茶市場」が開拓されたと考える。その後、サントリーも同様に烏龍茶を発売し、さらに他社も次々と参入するが、淘汰も進み、サントリーをはじめとする数社が安定期へと入っていく。この段階で、「容器入り無糖茶市場」は完成したと考えてよいだろう。また、その結果、それまでの家庭でいれて飲むお茶の市場は、相対的に「容器に入っていない(=自分でいれて飲む)無糖茶市場」となったとの見方もできる。

85年になると、伊藤園が、今度は「緑茶」を缶化することに成功し、「おーいお茶緑茶」を市場に投入する。同様に参入・淘汰を繰り返すが、結局、「お茶」に対して強力なブランドイメージを持つ伊藤園の商品が中心となる。この段階で、「容器入り無糖茶市場」は、「容器入り緑茶市場」と「容器入り緑茶以外市場」に分化したことになる。
その後、緑茶市場は伊藤園の一強時代が続くが、緑茶以外市場には、日立造船が事業多角化の一環として、ダイエットをメインコンセプトに据えた「杜仲茶」を発売して、「改革の扉」を開けようとする。一時期、新たな市場を開拓するかに見えたが、他社の参入もほとんどなく、結局は販売中止となる。

そして00年、緑茶市場にキリンビバレッジが「生茶」を投入してくる。「生茶」は、それまでの緑茶の製造工程を見直し、容器入り緑茶でもやわらかなうまみを味わうことができるということがメインコンセプトだった。安定期を謳歌していた王者伊藤園に真っ向勝負を挑んできたのである。
また、この頃になると、容器は缶から、リキャップできるPETボトルが中心となり、「生茶」はそのシズル感溢れるラベルデザインからも、大ヒット商品となった。「味わう容器入り緑茶市場」が「生茶」によって新たに開拓されたといってよいだろう。伊藤園としても、消費者に「生茶」よりも劣るイメージをもたれてしまうことは死活問題であるため、積極的に応戦する。

01年になると、「生茶」のヒットを無視できない飲料各社が続々と参入してくる。アサヒ飲料の「旨茶」、コカ・コーラの「まろ茶」などがそれである。しかし、01年後半になっても「生茶」の勢いは衰えず、また伊藤園も長年積み上げてきたブランドの強さもあり、市場の淘汰が進み、結果的に「味わう容器入り緑茶市場」は二強時代に安定する。また、この市場の流れにより、それまでの「容器入り緑茶市場」は発展的に消滅したといってよいだろう。

マーケットライフサイクルは、無糖茶市場の例でみたように、ある市場が、画期的商品により、次の市場にステップアップすると考えることも特徴の一つである。市場に寿命があると考えるのではなく、「一度作られた市場は半永久的に続くもの」として考えるのである。もちろん原則的には、「旧市場」もそのまま残っており、新市場にある商品は、旧市場のポジションのどこかに位置づけることも可能である。

企業の商品開発は、「長く売れる商品」を出すことが前提である。たまにユーザーの目先を変えて「期間限定商品」を発売するケースもあるが、どうしても一過性のブームに終わりやすい。また、これからの企業は、長期的に安定した収益をあげることが、以前よりも強く求められており、短期的な収益のみを前提とした期間限定商品は、そもそも主力商品とはなりにくい。新商品をヒット商品とし、ゆくゆくはロングセラー商品とすることが商品開発の宿命であるなら、市場には終わりがないと考えた方が賢明だろう。

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