TMtown TOPへ 自称日本一の更新頻度「東京ユビキタス放浪記」

「私は在日ですが、棄権するなら、その1票を私にください」
どこかの局の選挙特番中、画面にずっと流れていたテロップで、私が見たときに流れていたメッセージです。
普通に日本人をやっていると、「参政権」なんて空気みたいなものだと思っている。
テストで「参政権とは?」と問われたら、「絶対に必要なもの」という回答を書き込む。
でも普段は…、誰も気にしちゃいませんね。
「かったるいから、今回はわざわざ投票に行かなくてもいいか」みたいになる。
こういう人たちは、そのうち、「かったるいから、呼吸しなくてもいいか」みたいになるんだろうね。
そういう悪人が、漫画「北斗の拳」に出てきてました。
「歩くのもかったるい」「あーいやだいやだ」しかいわない、中途半端な権力だけは持っている強欲者が。
醜いデブで、手も足も、退化して短く描かれていました。
自分の欲求しか伝えない口だけは、異常にデカくなっていてね。
もちろん、アッという間にケンシロウに抹殺されるんですけどね。
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それにしても、このような日本になっても、まだ4割もの人が、選挙権を行使しない。
投票日前には、70%に乗るかと思われたけど、やっぱり普通通り。
皆さん、「怒っていない」ようですね、今の日本に。
なぜなのでしょうか?
商品マーケティングでは、ある商品について「不満」に思っていても、実際に企業にクレームをつける人はまれです。
ただ、相当な瑕疵が商品にあるのであれば、文句を言う人はいるでしょう。
私はかつて、日清食品にクレームをつけたことがあります。
カップ麺の中に、「木の切りくず」が入っていました。
その時には、クレームというよりも、「日清の生産ラインは大丈夫なの?」「点検したら?」という、妙な親心から、封筒に入れて、ラップフィルムとともに送りました。
(その後、カップ麺が3個送られてきましたが…)
私がメーカーにクレームをつけたのは、この一度だけ。
このくらいでなければ、「ま、いっか」と思う。
自分の責任で購入したものが、不味かったのなら、使いにくかったのなら、もう二度と買わなければいい。
そう思うだけです。
サイレント・マジョリティの意見を、いかに汲み取り、製品開発につなげるかが、マーケティングの肝ともいえます。
たしかに政治の世界にも、マーケティングは必要です。
でも、そうじゃないでしょ?
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テレビで、投票に行かなかった理由として分析されていた中に、「政治が(投票に行こうと思うほど)面白くない」というものがありました。
政治が、音楽CDを買うことと同じ目線で見られているんですね。
タトゥーの東京ドームコンサート並みの、シラケ具合という感じかな。
このシラケ方、やはり、自民党政権の「マーケティング手法」が完璧だったことに起因するのではないでしょうか。
「なんだかんだで自民党にまかせておけばいいんです」
これがすべてです。
実際にまかせてみたら、細かいところでは、悪事も働いているみたいだけど、総体的にはうまいことやってくれてる。
何といっても、自分の生活に実害は感じられない。
5段階評価だったら、4をつけたくなる感じ。
満点ではないけれども、「やや満足」という評価。
今回投票に行かなかった4割の人々の多くは、自民党の政治に「やや満足」な人たちなのではないでしょうか。
そういうクロス集計が、知りたいんですが…。
自民党政権は、国民を「ユーザー」と見なすのなら、最高のマーケティング活動をしてきたはずです。
小さい不満を、少しずつつぶして、最大公約数的な政治を行う。
国民も、実害がない以上、クレームはつけにくい。
政治家と国民の関係が、企業と消費者の関係と同じになってしまっているんですね。
でも、そうじゃないでしょ。
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政治家と国民の関係は、企業と消費者の関係ではないんですよ。
「企業と株主」の関係です。
「政治」を「消費」するだけの関係ではありません。
「税金」は、自分が欲しいと思うものを購入するための代価ではありません。
「税金」は「株式」ですよ、「株式」。
消費するだけのものなら、投じた金額分、使ってしまえば、残存価値はなくなる。
それだけの関係。
でも株式ならば、投資した後が肝心です。
企業がきちんと経営を行わなければ、株価が下がる。
そして投資した我々は、「損をする」のです。
私も、社会に出てから20年弱、わずかばかりながら税金を納めてきましたけれど、日本という国の価値は、どれだけ上がったのでしょうか?
経済価値という観点からは、バブル期が絶頂だったのだろうから、下がる一方。
でも、国の価値を測るものは、経済価値だけではない。
政治価値というのもあるだろうし、人的価値もあるでしょう。
ノーベル賞の受賞者は、一丁前に増えたみたいだけど、本当に国の価値が上がっているのかなぁ。
我々は、「自民党」というコンビニエンスストアに、飼い慣らされてしまったんですね。
何かを求めていけば、いつでも売ってくれる。
それどころか、POSデータを駆使して、「あんたの欲しいものはコレでしょ?」と、かゆいところを掻いてくれる。
「皆さん、コレを買っているんですから、あなたも買いなさい」と売りつけてくる。
我々の判断能力は、どんどん落ちています。
お仕着せの選択に慣れてしまっている。
自ら苦労して、自分に合ったものを探す努力をしなくなった。
日本で、これだけヴィトンが売れているのは、「みんなが買っているから」でしょう?
誰も「自分にはヴィトンが似合う」とまでは、本当に思っていないはずです。
投票所に行く行動と、原宿のヴィトンのショップに行く行動が、同じ視点になってませんか?
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自民党政治は、マーケティング手法の視点から考えたのなら、優秀の一語に尽きますが、IRという観点から考えれば、お粗末という言葉以外にないでしょう。
製品開発の過程で、どのような原料を用いられ、どのような機械で作られたのか、全く明らかにされてこなかった。
実は秘密工場が、赤坂の料亭街にあるらしいことは分かっているけど、永田町の広報部門たる政治記者も、同じ穴に嵌ったムジナとなってしまい、今さら投資家に広報してくれない。
もう、政治を消費だけと捉える時代は、終わりにしないといけないのではないでしょうか。
選挙は投資です、未来への投資です。
投票は、国の株式を購入することと、同義です。
投票所は、証券会社であり、証券取引所です。
投資家は、投資した会社の商品を、実際に買うでしょうし、他人に勧めることもあるでしょう。
でも、投資に失敗したら、自分達が損をするんです。
だから、投資した後も、しっかり監視しなければいけない。
少しでも、価値を上げるようにしなければいけない。
この辺の意識を、誰かが説かないと、日本はどこまでいっても、バカな国として、世界から取り残される気がしています。
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来年の参議院選挙では、PKOに来てもらって、監視活動をしてもらいながら、選挙をやった方がいいんじゃないですかね。
東ティモールみたいにね。
「コンビニ行っているヒマがあるなら、投票に行け!」みたいに、青い帽子をかぶった外国人部隊に注意される日本人が、7月の街角で続出すると…。