TMtown TOPへ  自称日本一の更新頻度「東京ユビキタス放浪記」



No.160

隙間を埋めるのはヒト
2003.10.21
by Y.Tomizawa


東急東横線の、一番後ろの車輌に、久しぶりに乗りました。
天気も良かったので、何となく。

電車の先頭や一番後ろは、子供にとって、ワクワクする場所。
もちろん、私もそうでした。
乗り物を運転している気分になれるのが、嬉しかったのでしょうか。

昔そういう体験をしていると、大人になっても、どことなく嬉しくなっちゃうもの。
車掌さんが、ドアを開けるスイッチを押すだけで、「おーっ」と思ったり。
ドアを閉めた後、窓から上半身を出したまま、走る姿を見て、「うらやましい…」と思ったり。
もっとも、こんな風に思っているのは、私だけじゃないはず。
でなければ、「電車でGO」があんなに売れるはずがない。

しばらく、ボーっと過ぎゆく線路を眺めていました。
こんな風景を見ながら…。

「線路って、いいなぁ…」などとバカなことをと思いつつ、ふと目の前に、こんなものがある。

「列車運行表」とでもいうのでしょうか?
最初は、「この電車は、渋谷と桜木町を、2回往復して、ようやくお休みとなるんだな…」などと、ぼんやり思っていました。
面白いな〜と。
こういう、「電車のヒミツ」を知って、また一つ嬉しくなったりして。
でも…。

これ、よくよく見ると、「手書き」ですよね。
「ん? 手書き?」、そう思うと、ぼんやりしていたアタマが、急速回転し始めました。

「これを全部手書きしているの人がいるのか?」
「いくら短い東横線とはいえ、電車は100編成くらいはあるんだろう」
「それを全部手書きか?」
「しかも、判子で押している部分もあるぞ」
「なぜ、コンピュータで出力したものではないのだ!?」

電車のダイヤは、いまだに「人力」で作成しているという話は、テレビで見たことがあります。
コンピュータでプログラムできるはずなのに、「その道のプロ」がいて、改編期に、何日かかけて、ダイヤを組み直すという話。
でも、そのテレビを見たのは、もう10年くらい前。
いまだに、人力でやっているとも思えません。

いや、ダイヤを組むのが、コンピュータ化されているかどうかは、どうでもいい。
今問題なのは、この東横線の「列車運行表」(?)が、事実「手書き」であることです。
1枚1枚作っているとしか思えない、この紙に、どれだけの労力がかかっているのか…。

鉄道会社は、「絶対に事故を起こしてはならない」という原則に基づいて、行動しているはず。
ちょうど、今の時期、あれこれ鉄道関係のトラブルが続いていますが、それでも「原則」は、「事故0」でしょう。
メーカーなどが考える「不良品率0.0001%」とか、そういう問題ではない。
「ゼロ」であるはずです。

その目標を達成するために、こういう「肝心」なところを「手作業」で行っているのでしょうか。
「仕事に対する基本」を、改めて思い出させてくれました。
(ここまで書いて、単に近代化が遅れているだけというのだったら、怒るぞ東急!)

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東急の列車運行表の例を取るまでもなく、今、行き過ぎたマニュアル化に対する「揺り戻し」が起こっているのではないでしょうか。
例えば、こんな居酒屋があるそうです。

「甘太郎」という居酒屋チェーンを経営するコロワイドの、一業態「三間堂」です。
ここのウリは、「女将(おかみ)」がいること。
日経MJにも取り上げられていました。
すでに30店舗くらいあるから、昨日今日始めたばかりではないようですが、「女将」の存在意義とは何でしょうか。

デフレ時代の効率経営を考えるのなら、ちょっと矛盾するはず。
女将だと、着物を着ますから、着物代やクリーニング代、頭髪のセット代だって馬鹿にならない。
アルバイトでもいいところを、なぜ女将なのか。

これも日経MJに出ていた例ですが、「東横イン」というビジネスホテルチェーンの支配人は、原則「女性」だそうです。
それどころか、役員にも女性が4名。

この中には、「主婦のパート」から正社員になって、取締役になった方もいらっしゃるそうです。
なぜ、「男性支配人」ではダメなのか?

女性が男性よりも得意と、一般に言われることとしては…
「お客様への気配りが、男性よりも細やかにできる」
「柔らかい対応ができる」
「ちょっと華やいだ雰囲気を演出できる」
などがありましょうか。

ただ、「三間堂」も、「東横イン」も、少し前の、男女雇用機会均等法に端を発する、上辺だけの女性活用とは、ちょっと違う感じもします。
以前の「女性活用」は、「男にできない仕事をやれ」という雰囲気があった。
発想の原点が、男社会の延長戦上にあったはずです。

でも、今回の2例は、「マニュアルだけでは対応しきれない仕事をする」という、新たな命題を与えられている気がします。
かつてとは、似て非なるベクトルを向いているのではないでしょうか。

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よく考えたら、最近のスーパーの魚売場では、欲しい魚を、三枚におろしてくれたり、刺身にしてくれるサービスもやっている。
これなどは、街の魚屋さんなら、普通にやってくれます。
でもスーパーでは、無駄と考えられてきたサービスだったはずです。

経営効率を考えると、どうしても「削る」発想になると思います。
「減量経営」というやつですな。
取引会社を削減したり、部品の点数を減らしたりと、すべてマイナスの発想が基本。

人材教育だって、お客様への対応を分かっていない人に、接客とは何であるのかを教えるためにマニュアルが作られた。
マニュアル通りにやりさえすれば、まずはOKという風に考えられていた。

でも、マニュアルというのは、あくまでも最大公約数のサービスです。
無限に起こりうる人間の行動を、パターン化することによって、そのノウハウを共有化しようとしているだけ。
だから、マニュアルというのは、実は「隙間だらけ」なんです。
教える効率や、運営効率を考えて、とりあえずは無視していいだろうというサービスを切り捨てた結果が、マニュアルとなっていることを忘れてはいけない。

削る発想には、もう限界が来ていて、さらに無理強いすれば、どこかが破綻する。
「そんなことではいけない」と気付いた人が出てきているのでしょう。
効率を上げることは、「隙間を埋める」ことでも可能だということに気付いてきた。

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機械はパターン化(マニュアル化?)されたことしかできないけれど、人間にはほんのわずかなことにも「アジャスト」する能力を秘めている。
それが人間と機械を分ける、最大の違いでしょう。

件の女将や女性支配人だって、「女性」だから起用されたのではなく、「機械にはできない仕事ができる人間」だったから起用されたのでしょう。
「そういうこと」ができる人間に、たまたま女性が多かった。
ただ、それだけのことです。
機械程度の仕事しかできない人間だったら、女だろうと男だろうと、機械に置き換えた方がいいのですから。

人間は機械じゃないし、機械は(おそらく永久に)人間と同じことはできない。
デフレ時代の効率経営も、次のステップに入ったのではないでしょうか。