TMtown TOPへ  自称日本一の更新頻度「東京ユビキタス放浪記」



No.151

余裕か無駄か
2003.8.12
by Y.Tomizawa

長野県売木村への旅も終わって、普通の生活に戻っています。
義兄宅裏の小川は、こんな感じでした。

大雨洪水警報が出された上、「土砂災害の危険がある地域」でした。
でも、余計な開発をしていないためか、地盤は安定しているみたいです。
中途半端な開発が、一番危険なのかもしれません。
やらなきゃ、やらない方がいいのかも。

中央高速は行きも帰りも、割と空いていました。
特に帰りは、都内に入って、首都高速高円寺あたりから、三宅坂までの、毎度の渋滞を除けば、特に何もなし。
「猿橋バス停付近を先頭に…」も、トンネル渋滞もありませんでした。
道路公団の工事のおかげかな?

でも、談合坂SAあたりが、突然3車線になっていたりして。
あれは、これからもっと拡幅するつもりなのか…?
でも、東京寄りに、結構長い橋(高さもかなりある)があるから、無理でしょう。
ということは、誰のための、何のための拡幅なんだろう?
たぶん、SAに入るための渋滞を回避するためなのかな。
よく分かりませんでした、意味が。
(渋滞していなかったからか?)
山梨県の土木業者救済のための拡幅でないことを祈ります。



そんな旅路で、日曜夜に見た格闘技「PRIDE」。
格闘技をご存じない方には申し訳ないんですが、個人的には結構盛り上がって見てました。(^-^;)
好カードがたくさんあり、それも看板に偽りなしの試合続出で、しかもややこしい判定も少なくて、よかったです。

そんな中、日本期待の桜庭和志が、シウバに無惨なKO負けを喰らいました。
まあその結果は置いといて…。

桜庭という選手は、格闘技界の中には珍しく(?)「賢いレスラー」と呼ばれています。
相手を心理戦で揺さぶったり、これまでの格闘技の常識を超えた技を繰り出したすためです。

何年か前、日本人がどうしても倒せなかった「グレイシー一族」を連破した頃、人気絶頂となり、CMにも数本登場することとなりました。
(オリコカードとか)

彼は、心理戦の一つと考えているのか、リングに入場してくる時に、必ず「覆面」をしてきます。
試合をする時にはしませんが、入場する時だけ、目立とうとすることもあるのか、必ずしてきます。
大きな理由は、「相手をおちょくる」ことにあるのでしょう。
そして、「自分はこんなことをする余裕もあるんだよ」と相手に見せつける。
「単なる格闘バカじゃないよ」と。

日曜日の登場は、こんな覆面でした。
(スポニチアネックスより、左のオレンジパンツが桜庭)

ファンも、「今回はどんな覆面なんだろう?」と期待しているフシもあって、今回の覆面を見た瞬間、会場も「オーッ」と盛り上がっていました。

でも、桜庭は、この日対戦したシウバには2戦2敗。
最初の試合こそ、偶然の肩脱臼もありましたが、前回はいいところ全くナシの完敗。
この日に負けると、「引退」と思われてもしょうがない感じでした。

本来なら悲壮感が漂ってもおかしくないところを、なおもこうした「道化」をする余裕。
「桜庭もなかなかやるな」とも思ったんですが…、「こんなことしている場合なの?」と思ったことも事実です。
「もっとシリアスにならなくていいの?」と。

「道化」は、勝ち続けている時には格好よく、「余裕」に映りますけど、負け始めたら、単なる「無駄」にすぎなくなります。
そこには虚しさしか見えない。
試合後、「あんなことやってるから、負けるんだよ」、そう思いました。



さてこの問題。
これって、実は身近な問題だと思います。
「経費節減はどこまでするのか」ということと同じような問題です。

私の勤めていた会社でも、昔は運動会があったり、社員旅行があったり。
果ては、社長がみんなの前でダンスを踊ったり。
そう言えば、年に1回、4月1日は必ず日本武道館で入社式でした。
「全国マネージャー会議」と称した、単なるドンチャン騒ぎもやっていましたね。
今は、ほぼ全部無くなったみたいですが。

以前、松下電器の宣伝部長と話していた時に、「最近はどうなの?」みたいになって、「経費節減が厳しくて、何にもできなくなりました」と当時の会社の状況を話をしました。
すると部長は、「『無駄の余裕』というのもありますからねぇ」とおっしゃいました。

このご時世に「無駄」がいけないことは分かっている。
スリムで筋肉質な経営をしなくては、生き残れないことは事実です。
でも、どこまでが無駄で、どこからが余裕なんでしょう?
「生み出される結果につながるもの」が余裕で、「つながらないもの」が無駄なのか。
でも、ある行為が結果につながったかどうかの判断なんて、絶対に分からない。

会社の飲み会で盛り上がったことで、仕事のやる気が出て、売上が上がれば、それは「飲み会効果」。
でも、飲み会出席者が二日酔いで仕事にならなかったら、無駄以前の論外のこと?
いや、その程度のネタでも、部署が盛り上がって、長い目で見て、活気が出るのなら、それも効果の一つなのかも。

経営者としては、「少しくらいの無駄も経費のうち」と言えるような人間だと、従業員ウケがさぞかしよさそうです。



クルマのハンドルに「遊び」がないと、危なくて運転ができないように、人間何かをするときに「余裕」は絶対に必要です。
でも、クルマの運転を、ちゃらんぽらんな気持ちでしてはいけないのと同じように、何かを成し遂げるときには、自らストイックになることもまた必要です。
この違い、分かりますか?

あることが、無駄なのか、余裕なのかは、「クルマの構造」の問題。
それと、クルマを動かす「人間の気持ち」の問題を混同してはいけません。

今のビジネス社会は、のんびりカローラでドライブというよりも、バリバリのF1カーでレースをさせられている気分。
コンマ01秒の世界で争うF1カーの構造に、無駄が許されるはずはありません。
空気抵抗や燃費、あらゆることを研究して、速く走るためだけに必要なものしか残していない。
(ハンドルの遊びだって、一般車とは全然違うレベルなのでは?)

でも、そんなF1カーにだって、例えばドライバーが運転席に、家族の写真を1枚貼っておくくらいの「余裕」はあるはず。
それでドライバーの集中力が高まるのなら、全く問題ないでしょう。
そして、これは「無駄」とは言わない。
このくらいを許さないと、モチベーションの低下につながり、ドライバーは大事故を引き起こしかねない。

スリムでシンプルな経営を目指す時代とはいえ、「角を矯めて牛を殺す」ではいけない。
角を矯めることだけを目指すのなら、誰でもできる。
牛を生かしながら、絶妙な長さに角を矯めることが必要なんです。
あることが「余裕」なのか、「無駄」なのか、その微妙な匙加減が、経営者層に求められる時代でもありましょう。



一方の従業員も、「余裕←→無駄」の議論と、自分が禁欲的な姿勢で仕事に向かうことを混同してはいけない。
余裕があろうとなかろうと、ストイックにならなければならない。
過去の事例をみれば、むしろ余裕がない時ほど、ストイックになり、結果として「いい仕事」をしているのかも知れません。

金を持ちすぎたアーティストが、もはやヒット作を作れないように、金持ちがすぎた企業からは、もはやヒット商品は生まれません。
そして、カネもあり、モノも溢れた時代に「ハングリー」という言葉は、もはや似合わない。
これからの時代は、どんな状況におかれようとも、「ストイック」になれたヤツだけが、勝ち残れるのでしょう。

そして、冒頭の桜庭選手。
彼が本当にストイックになりきっているのなら、次の試合(あるのかな?)、覆面での登場もOKでしょう。
ただ、彼の場合、ストイックだったかどうかの判断はただ一つ。
「勝つ」こと以外ないので、辛いところです。

もっとも、会社でも同じですが。