TMtown TOPへ  自称日本一の更新頻度「東京ユビキタス放浪記」



No.146

DNAの伝え方
2003.6.24
by Y.Tomizawa

ある本を買おうと思って、立ち読みをしていました。
最近有名な、自称カリスマコンサルタント氏の本でした。

「このご時世に、こんなに何冊も本が出せて羨ましい…」

ということから、1冊くらい参考のために買ってみようと思っていました。
でも、文中に物凄く気になった言葉があったのでヤメました。
それは、お客様のことを、『お客』と書いていたからです。

一瞬、「あれ? 校正ミス?」と思って、ページを繰ってみたけれど、やっぱりどこにも「お客」と書いてあった。
「なんだ、こいつ…」、そう思って、その本を置きました。


テレビの取材で、社長がコメントでは「お客様に対して…」と語っているのに、テロップでは「お客に対して…」と出ることはある。
これは、テロップの文字数を、1文字でも減らしたいためでしょう。

新聞記事でも同様。
文字数をいかにコンパクトにして、文章を表現するかが、新聞記事の命だから、「様」を省略するのは、ギリギリ納得できる。

文字数に余裕がある経済雑誌では、どんな会社の、どんな社長であろうとも、自社の顧客のことを「お客様」と表現しています。

「顧客」という言い方をすることはあります。
お客様を客観的に表現するときに使います。
「お客さん」という言い方は、少し親近感を持って表現する時に使う言葉でしょう。
でも、私も自分にお仕事をいただく方に対して、「お客」とは絶対に言いません。
絶対に「お客様」です。

暴走経営をして、自らの帝国を崩壊に導いた中内功だって、「お客様」とちゃんと言っていました。
「顧客のために」という発想が徹底している人・企業であれば、その大切な「お客様」に対して、「お客」などという不遜な呼び方をする人は、誰一人いないでしょう。


このカリスマコンサルタント氏の経歴をみたら、官僚からコンサル会社、民間企業を経て、独立したみたいです。
役人をやられている時に、MBAを取得したようです。
才能がおありの方のようだから、お金を稼ぐことの苦労をあまり経験されていないのでしょうか?

なかなか仕事を獲得することができず、途方に暮れた経験のある方なら、絶対にこんな言い方はしないものです。
何より、私がそうでしたから。




1.創業者の苦悩


主な外食会社の中で、現在唯一まともな成績を残しているのがドトールコーヒー。
03年5月の商況をみても、前年同月比で既存店が98.4%、客数に至っては99.8%とほぼ100%です。

マクドナルドの同数字は、それぞれ96.4%、95.8%。
吉野家は、94.3%、94.6%。
スターバックスに至っては、84.0%、85.0%。
(以上データは、日経MJ03年6月17日号より)

どうしてドトールだけ、こんなに数字がいいのでしょうか。
数字の詳細をみると、スタバの「サルマネ」店、エクセルシオールでさえも、既存店売上が前年同月比97.5%。
客数に至っては、わずかながらもプラスになっているのだから、スタバとしては忸怩たる思いでしょう。
ドトールコーヒー月次開示情報5月度


なぜこんなに調子がいいのか、種明かしになるものとして、日経MJ同号に鳥羽博道社長のインタビューが載っていました。

そのインタビューによると、次のようなことがきっかけで、改革が始まったそうです。
社長が、昨年11月に完成した自社の関西工場を訪れた際に、その周辺の店舗をまわってみたが、店がダメになっているのに愕然としたそうです。
社長は、「数字が悪いのは景気のせいだ」と報告を鵜呑みにしていいたけど、実はそうではなかった。
実際の店舗を、社長の目から見ると、インテリアもレイアウトも、商品そのものも全然ダメと映った。

鳥羽社長曰く、「人の教育をやってこなかった」そうです。
「自分の後ろ姿を見てれば、ちゃんとやってくれると思っていた」そうです。
でも、ダメだった。
仕事を部下に任せているうちに、「いつの間にか目標レベルが下がってしまった」と。
(以上、日経MJ03年6月17日号P16より引用)

鳥羽社長は、「自分からやる気になってくれないと、いくら教えてもダメ」というポリシーで、とやかく言いたくなる気持ちも、グッとこらえていたそうです。
社員にしてみれば、「やりやすい社長」だったのでしょう。
誰でも、ガミガミ言われながらやるよりも、自主性を尊重する態度を示す社長の下で働く方がやりやすいと思うはず。

教える方も、できることならガミガミ言いたくない。
当たり前です。
誰だって、社員から好かれたいですしね。
進んで悪役を引き受ける人は、そうはいません。
ただ、それが「馴れ合い」や「妥協」を引き起こしてはいけない。
ドトールでは、それがいつの間にか起きてしまったようです。

そこで、「このままではいけない」ということで、社長が率先して、全国のドトール関連ショップの改革を行うことになった。
「社長がイスに座った瞬間にクッションが以前のものより2センチ薄くなっているのに気付いた」という話が、社長の伝説として語り継がれているそうです。
店舗の改装も、かなりの規模で行っているようだから、その効果が現れているのでしょう。




2.DNAの伝承


ドトール鳥羽社長も、インタビュー中で、何度か「DNA」という表現をされています。
人間本来のDNAは、何をせずとも伝わっていくのでしょうが、企業活動を行ううえでのDNAは伝えないといけない。
難しいところです。

このDNAを伝えていくために、ファーストフードやファミリーレストランは、徹底的なマニュアル化を図ることで伝えやすくしようとしている。
「マニュアル」というものは、学ぶ側に伝えやすいというよりも、教える側が教えやすいのでしょう。

ところが、創業者が伝えたいDNAは、マニュアルだけでは表現しきれないところにある。
「お客様第一」と、マニュアルの1ページ目に書いてあっても、その意味するところも、どこかに書いてあったとしても、それを伝えたい創業者の本意は、必ずしも伝わるとは限らない。
マニュアルとは、教えやすく教わりやすいものなのでしょうけど、100%完璧にそれができるとは限らない。

経営者の中でも、特に創業者は、100%を求めたがります。
100人中1人でも、自分の意志を理解できない人がいることを許したくない。
我が儘なのではなく、それが創業者の本能であるはず。

それを熱い意志で実践してきたのが、本田宗一郎や中内功なのでしょうか。
ともに「頑固オヤジ型教育」とでも呼べるような熱血型です。

本田宗一郎に、スパナで本当に殴られた人がいるのか分かりませんが、そのくらいの気迫をもって、社員に「自分の作りたいものとは、こういうものだ」と教えていたことは事実なのでしょう。

戦争帰りの中内功から、親子ほども歳の離れた新入社員として、今のダイエー幹部層は、流通のイロハを教わった。
いや、教わったというより、中内が日本に定着させたいとした米国型流通業を、ともに試行錯誤して作ってきたというべきか。

その熱い想いも、年を経るごとに薄れてきて、またかなりねじ曲がってきてしまった。
忘れかけた熱い想いを、ダイエーに再び注入するために、マルエツ吉野氏は呼ばれたのでしょう。

マニュアルは、人材教育を効率化してくれるものですが、それだけでは伝えきれないものが、必ずやあります。
それがDNAなのでしょうし、伝統とも言い換えられましょう。
DNAや伝統は、マニュアルでは伝えられない。
では、どうして伝えたらよいのでしょうか。




3.鳥羽と中内、ジーコとトルシエ


サッカー日本代表、ジーコジャパンが、フランスで行われていたコンフェデレーションズ杯で、予選リーグ敗退という残念な結果に終わりました。
引き分けでも準決勝進出、相手コロンビアは、主力が召集できずに苦しいメンバー構成だというのに、情けない凡ミスから失点して、そのまま敗戦。
去年のトルコ戦での教訓(DFのパスミスからの失点)が、全く活かされていませんでした。

監督就任以来、これで2勝5敗3分。
W杯の前年に日韓で行われたコンフェデ杯で、日本は決勝まで勝ち進んだのだから、監督としての力量は、ここまでを見れば前監督である「トルシエの方が上」と評価されてもしょうがないでしょう。


そのジーコは、ここまで「選手に任せる」という方針を貫き、トルシエとは正反対のやり方をとっています。
トルシエのやり方は、極端にいえば、選手の個性を無視し、己の戦術に徹底的に従わせる。
昨年のW杯前まで、トルシエのやり方に対して、相当な批判がありました。
しかし、彼はなんだかんだで、W杯ベスト16という結果を出してしまった。

実際には、選手達が、トルシエのいう「フラットスリー」を頑なに守った成果ではなく、それを吸収、消化して、「臨機応変」に対応するようになったから、あそこまでの結果が出た。
(日韓W杯での日本の裏側を撮影したDVDでは、DF陣が「無理に従う必要はないんだろ?」「いざとなったら、その場で自分たちの思ったとおりにやろう」という会話を練習後にしている場面があります)


ところで、ジーコとトルシエの違い、前のドトール鳥羽社長と本田・中内の違いに似ているような気がしませんか?
放任主義で結果を出せなかったジーコとドトール鳥羽社長。
自分の主張を徹底的に押しつけたトルシエと本田・中内。
トルシエと、本田・中内という偉大な経営者を「同じ」とするのは、少々気が引けますが、先述のDVDでは、トルシエの演説のうまさを窺い知ることもできます。

練習中に選手を怒鳴りつける光景は、W杯前のスポーツニュースでたびたび目にしました。
「あんなやり方をされたら、選手もイヤだろうな…」、そう思ってみていました。
でも試合前、会場に入る前の最後のミーティングで、戦術の確認をするときに、単なる戦術だけでなく、「今日は何のためにプレイするんだ」「自分に恥ずかしくないプレイをしろ」とほとばしる情熱をもって熱く語るトルシエの演説は、なかなか感動的です。

W杯で代表コーチを務めた山本昌邦氏も、著書「山本昌邦備忘録」で「トルシエのミーティングの雰囲気が非常に好きだった」と語っています。
「素晴らしく緊張感があって、気力が充実する雰囲気になる。選手もそれを感じだと思う。シチュエーションの作り方、鼓舞するタイミングも含めて、非常にいい勉強になった」(「山本昌邦備忘録」P228、講談社刊)とも書いています。


中内功のスピーチは、私が勤めていた会社の会長を彼がやっていたので、何度か聴いたことがあります。
これがなかなか面白い。
私のいた会社が、4月1日に全国からわざわざ社員が集まり、社員総会をしていたときに、社長などのお偉方は、型どおりの「皆さん今期も頑張りましょう」みたいなスピーチ。

でも、中内は「皆さん、今日なんて天気がいいんだから、こんなとこにいないで、花見でもやったらエエんや。その方が、よっぽど皆さんの志気も高まるやろ?」と言った。
当然、我々は万雷の拍手です。
他にも、「会社の給料は、社長が最も高いというのはおかしいんや。実働部隊の皆さんの方が高くてエエ。ダイエーホークスだって、王さんより、工藤(当時)の方が給料は高いんやで」との「お言葉」もありました。
聴衆のツボを心得ていました、彼は。

ドトール鳥羽社長のスピーチが、どんなものであるのかは分かりません。
ジーコについてもまだよく知りません。
ただ、彼らがこの先「好ましい結果」を出すには、時に社員・選手を鼓舞するスピーチも重要になってくるはずです。
そして、それがDNAを伝える術になることでしょう。




4.放任主義の危機?


「やっぱり日本人は、ガミガミ言う教師の方が結果を出しやすい」
ジーコジャパンの敗北によって、またぞろ日本人の気質に関する議論がなされることでしょう。
では、日本人に放任主義は合わないのでしょうか。
スポーツチームではなく、ビジネスの現場においても、一昔前のようなガチガチの教育の方がいいのでしょうか。

私は、そうは思いません。
ドトールの失敗も、ジーコジャパンの失敗も、ともに従業員、選手が「子供」だったから起きた。
子供とは、DNAがまだ覚醒していない状態のこと。

何が己達の目指すものであるのか、はっきりと自覚できない人に、放任主義は合いません。
時に、半強制的な訓練を強いることも必要でしょう。
放任主義は、大人のみが使いこなせる主義です。
だから、受けた教育を消化し、DNAを己の身体の一部として自覚できるようになれば、放任主義でもかまわないはずです。

ジーコジャパンであれば、これだけ裕福な日本で、どうしてこんな苦労をしてまで、他国に勝たなくてはならないのかという理由を、個人の中に見出さないと、永久に勝てないことでしょう。
「ここで負けても、命を取られるわけじゃない」
そんな風に選手が思っているうちは、いつまでもこのような無惨な負け方が繰り返されるでしょう。
現に、かつてのW杯米国大会で、オウンゴールをしたコロンビアの選手は、国に帰って射殺されたんですから。


ドトールも、「イスの2センチの薄さに気が付く社長伝説」ばかり一人歩きするようだと、またぞろ同じ失敗が起きるかもしれません。

「2ミリの薄さ」であれば「伝説」ともいえましょうが、「2センチ」に気が付かないのであれば、それは自分達がいかに「お客様が座る席」に座ったことがなかったかを示しているだけ。
具体的にいえば、2センチ薄くなったとは、「1円玉の幅1個分の厚みがなくなったこと」です。
そんな厚みがなくなったことに、気が付かない方がおかしい。
鳥羽社長が凄いのではなく、従業員がダメなんです。
「お客様の視点」に立って(座って?)いなかったということの証明です。

開店前や閉店後、時には日中お客様いる時にでも、「お客様はこの店をどんな風に感じているんだろう」と、日頃から考えていれば、お客様のイスに実際に座って、店内を見渡すくらいのことはして当然です。

鳥羽社長が伝えるべきDNAは、イスの薄さに気付く感覚ではなく、お客様の視点に立つ感覚です。
それをドトール従業員が正しく理解できないと、鳥羽社長の引退は、まだまだ先になってしまうことでしょう。