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No.145

20年前のCMは物語る
2003.6.17
by Y.Tomizawa

パソコンの進化がもたらしてくれた「ベータマックス」の復活(?)。
そして思わぬ副産物となってくれた「懐かしいCM」。

まだすべてのテープを見直したわけではありません。
しかも20年くらい前の自分って、マメにCMをカットして、1本のテープにできるだけ詰め込もうと、涙ぐましいまでの努力。
今だったら、CMをカットする機能があるビデオだってあるし、そもそもHDにダラっと録ってしまえば、あんまり関係ない。
やっぱり「昔の人はエラかった」んですな。
「自分で自分を誉めたい」って感じです。(^▽^

ということで、今回は1985年のCMを見てみます。
85年というと、「バブル以前」と言ってもよい頃。
「プラザ合意」の年ですか。
思えば、アレからバブルが始まったともいえるから、経済としてはエポックメイキングな年でした。

もっとも、かくいう私も大学生の真っ最中。
円高だろうが、前川レポートだろうが、そんなことカンケーなし。
輸出関係の企業が大打撃を受けていることくらいは、テレビで見た記憶があるけど、「ふーん」という感じ。
だいたい、プラザ合意の「プラザ」が、ホテルの名前だということを知ったのは、社会人になってからですからね。
私の世代の学生クンは、こんなもんでした。



85年のCM、まず最初は軽くまいりましょう。
「アデランス」です。
タレントは誰だと思います?

今は「吉岡美穂」ですね。
競合のアートネーチャーは「乙葉」。
よく考えたら、ジョージアで共演してる2人です。

「かつら系」のCMにアイドルタレントが起用されるようになったのは、いつの頃からでしょう?
昔は、競輪の中野浩一や、ロッテの倉持(古い…)とか、そんな「利用者」ばっかり。
井川遥で成功してからなんですかね、今のアイドルブームは。

この時のアデランスは、評論家で一世を風靡していたこの方です。
(ストーリーボードにしてみました…苦労しました)

「竹村健一」ですよ。(^-^;)苦笑
考えられます?
今、竹村健一に「お前もカツラにしたらどうや?」と言われて、「はい分かりました」と素直に応じる若者はいないでしょうなぁ…。

ナレーションやセリフはこんな感じ。

ナレーション
「ニューヨーク、この町では、政治や経済はもちろん、文化や芸術さえも秒単位で変化する。」
セリフ
「Change for progress、変化は進歩や」

途中出てくる世界貿易センタービルの光景が、有名になった飛行機が突っ込むシーンと似ているような気がします。
方角は違うでしょうけど、ビルからの距離は似ているような…。

この頃の竹村さんは、風貌は今と変わらない。
胡散臭そうな雰囲気を漂わせながら、若い頃、海外を放浪して、英語も達者。
「私なんかこれだけですよ、これだけ」で有名になった、小さい手帳一つで、膨大な情報を整理していた。
「これだけ手帳」なんて商品まで発売されていましたっけ。

学歴や学閥に頼らない実戦派の評論家でした。
今でいえば誰なんでしょう。
あまりいません。
だから、日曜朝のフジテレビにも、出続けていられるのでしょう。

でも、結局カツラにしたわけでもない人に、「変化は進歩や」といわれても、イマイチ説得力に欠ける気がするんですが…。
今は無き世界貿易センタービルとともに、今となっては、どこか大いなる矛盾を感じるCMです。



次は、ヒットしたCM。
「サロンパスハイ」です。
泉ピン子と柳沢慎吾が共演。
「目立たない! 臭わない! サロンパ〜スハイ!」
と二人が突然演じるところが印象的。

でも、こういうタレントの「ノリ一発」みたいな感じのCMを、最近はとんと少なくなった気がします。
伝説のCM、大橋巨泉の「はっぱふみふみ」に由来するCMですね。

最近では、この手の「ノリ」は、アニメにやらせる方が多いのかな。
「ノバうさぎ」とか。

何はともあれ、柳沢慎吾って、こんな時からCMに出ているんだ…と、妙なところで感心したCMでした。



次は、超ヒットしたCM。
「金鳥どんと」。
前年の84年の「どんとちゃっぷい」のバージョンが、ACCの「CMの殿堂」にも入っています。

このバージョンでは、西川のりおと桂文珍が、ロシア語チックな言葉で会話してます。
でも、それがなぜか通じてしまう不思議。
さすが電通(ですよね?)と思わせるCMです。

ちなみに、そのセリフとは…

セリフ
「おててもあんよもシビレンコ…」
「おててもあんよもコゴエロフ…」
(ダンプ松本)「どんといれんこ!」
(全員)「どんといれんこ!」

です。
わずか15秒のCMで、簡易型カイロの機能を完璧に表現した名作です。



これもヒットしたCMです。
「ピップエレキバン」。
「エレキバン」のシリーズも、やはり「CMの殿堂」に入っています。
(81年オンエアの、北海道に実在する「比布(ぴっぷ)駅」のバージョン)

ピップフジモトの社長自らの出演で、樹木希林との絶妙な掛け合いがウケていました。
ただ、ここで評すべきは、社長の何ともいえないボケぶりよりも、樹木希林の素晴らしさでしょう。

樹木希林は、このエレキバンのシリーズと、フジカラーのシリーズと2つの名作CMに出ています。
特にフジカラーは、未だに出続けていますから、その効果たるや、かつての王様所ジョージも、いやキムタクですら、かなわないでしょう。

彼女のいいところは、美人すぎず、かといって馬鹿すぎず(というより、実は凄く賢いことをみんな知っている)、ボケもできれば、適当にツッコミもできる。
すべて中庸に演技ができるのが良いのではないでしょうか。

これが、キムタクのようにメジャーすぎると、本人のパワーが強すぎて、商品が埋没してしまう。
ベッカムを起用した会社のCMが、いずれも似たり寄ったりに思えてしまうことと同じです。

CM総合研究所は、樹木希林を「CMの皇太后」と評していますが、まさにその名に恥じない演技です。



続いては、ヒットはしていないはずですが、どこか時代を象徴しているCM。
「宅急便」です。

ナレーションなどは…

ナレーション
「宅急便で送ります」
「スピーディーに確実に」
「黒ネコヤマトは日曜祝日も営業しております」
セリフ
(和泉雅子)「お歳暮も」

コンピュータが、物凄い時代を感じさせる代物です。(^-^;)
磁気テープがくるくる回って、でもいかにもコンピュータと思ってしまう。
「いつ届けられるか分からない郵便と違って、宅急便はこんなに凄いコンピュータを駆使して、荷物を届けているんですよ」と言いたいわけですな。

しかも「日曜祝日も営業しております」とトドメを刺す。
ヤマト運輸と郵政公社の戦争は、この頃から始まっていたんです。



一方、その頃の「郵便局」といえば、こんなCMを暢気にしていました。
ご存知ですか、「中原理恵」さんです。
「東京ララバイ」で、この頃数少ない「おネエ系歌手」としてヒットしてました。

ただ、こんなタレントを使っていながら、その内容は、「郵便貯金をするときに、保険証や免許証が必要になりました」ということだけ。
最後に「ご協力お願いします」という、たったそれだけ。

まさか、このCMが流れている頃に、今の「郵政民営化」なんてことを真剣に考えていた人はいないでしょうねぇ。
ただ、まさにこの頃から、国鉄や電電公社の分割民営化は進んでいたんですけどね。
「今になって、ようやく追いついたか」という感じがします。



最後は、3つまとめてまいりましょう。
銀行系のCMです。
このビデオは、85年のテニス全豪オープンを中心に録ってあったもの。
当時の全豪は、12月に行われていました。
だから銀行が、ボーナス目当てに、せっせとCMを打っていたんですね。
「うちに預けろ」と。

ただ、見てお分かりのとおり、「各行あいのりCM」。
「あいのり」というと、テレビの「あいのり」みたいだけど、正しく言えば「護送船団CM」ですな。(^▽^ハハハ

CMのクリエイティブが、いいとか悪いとか、そんな評価以前の問題ですから、それはいいとしましょう。
でも、ここに登場する計23行が、今は何行になっているのでしょう?
もう、よく分かりませんね。
「ワイド」の3行が、いずれもその名称が全く消えてしまったことが象徴的ですね。
いや、どこも似たり寄ったりか。

世はバブル前の、円高に突入し始めていた頃。
輸出型から内需型への構造転換を、企業は強いられていました。
でも、構造転換できない中小企業は、当時もやはりつぶれていた。
20年くらい前も、今も、中小企業が置かれている立場は同じですよ。

1985年には、「銀行は倒産しないの?」と質問する人すらいなかったでしょう。
むしろ、「銀行だけは絶対安全」と、みんな思っていました。
私も、当時はそう思っていました。
公務員みたいなものという雰囲気で。

でも時代は変わった。
銀行が、どんどんつぶれている。
正確には、まだつぶれていないかも知れないけれど、倒産寸前であることは、みんな知っている。

経済の変化に追いついていけず、「構造転換できない会社」はつぶれて当然なんです。
20年近くかかって、銀行業界も、やっと中小企業に追いついたんでしょうね。
昔のCMが、隠しようのない事実を物語っています。