No.134

飽きることとお気に入り
2003.4.1
by Y.Tomizawa

最近気付いたことがあります。

電車の中でのケータイの利用について、各路線で色々ありますね。
でも、「マナーの問題」として扱っていることは同じ。
大衆の中で、しかも、たいていは静かな車内で、電話での会話はマナー違反にあたるよ、と。

でも、違うと思うんですよ。
車内のケータイで気になるのは、「ケータイで会話(通話)をされること」ではなくて、「ケータイでバカ話をされること」なんですよ。
しかも、バカ丸出しの喋り方で…。(--;)

ま、もちろん一般的には、ワカゾー君、ワカコちゃんですけど、私が日頃利用する東横線では、だいぶ見かけなくなりました。
そういう方たちが多く乗る時間を避けているということもありますけど。

でも、JR系の電車は、まだ多いような気がします。
そういう感じがしませんか?
皆さんが普段利用される電車は、いかがですか?
この辺が、「沿線イメージ」につながると思うんですがねぇ…。

電車内に限らず、最近ケータイのマナーが悪いのは、むしろオヤジ、オバハンじゃないですかね。
あれ、たぶん「マナーモード」の設定の仕方が分からないのかな…。
いや、もしくは「マナーモードボタン」が小さくて見えないとか?(^▽^ロウガンジャー

以前参加した、とある勉強会でも、せっかく講師をお呼びしているのに、ケータイが鳴っては、中座する人が続出。
まあ分からないでもないんですけどね。
しまいにゃ、講師のケータイまで鳴り出す始末。(--;)
もう、何をかいわんやですな。

ケータイも、運転免許みたいに「国家資格」にして欲しいですね。
学科と実地、両方やってね。
路上ならぬ、「車内教習」とか、電車にわざわざ乗りに行って、やったりして。
で、私が「携帯電話免許試験場」を運営して、ガッポガッポ稼ぐと。(^▽^ハハハ

再開早々のバカ話は置いといて…。



1.希少価値の先


昨年末の、テレビ東京系「ワールドビジネスサテライト」で、「今の消費者は、すぐに飽きる」といっていました。
たしか、和食チェーンが最近は伸びてきているという特集の中での話。
「臨機応変に顧客ニーズに対応していかないと、ダラダラと赤字を出し続けることになる」というものでした。

たしかに、もうみんなユニクロには飽きたし、スタバにも飽きた。
臨機応変に対応するということは、現在の経営戦略として、当たり前といえば、当たり前です。
でもどうして、みんなこんな簡単に「飽きてしまう」のでしょう。
冷静に考えてみて、おかしいと思いませんか?

簡単に「飽きられてしまう」理由の一つは、製品やサービスが持つ価値が、存外低かったということになるでしょう。
一時的価値ではなく、長期的な実質的価値が低いということ。
価値の低いものが、ロングセラーになることはありえない。
一過性のブームはありえても、長続きはしないものです。

せっかく築いたブランドであっても、拡大をあせるあまり、ブランド価値が相対的に薄まってしまうことがあります。
ユニクロ、スタバが、これにあたるはず。
店舗の拡大を急ぎすぎたために、コーポレートブランドの価値が薄まり、結果的に「チープ感」が出てしまったように思います。

いくら「おいしいコーヒーが飲める店」「雰囲気がいいコーヒーショップ」といっても、100mも歩かないうちに、「あ、またあった」となれば、いつの間にか希少価値は薄れるもの。
そう、消費者は、最初は「希少価値」を求めて、殺到する。
ただ、店舗網が発達し、希少性が薄れた時に、「あれ、オレはなんでスタバでコーヒーを飲むんだっけ?」と冷静になられてしまうとキツイ。

ある程度ヒットするような商品・サービスは、元来「チープ」であるはずがない。
安物という意味ではなく、「安っぽい物」がヒットすることは、ほとんどありえない。
ただ、いつの間にか「チープ」になるというブランドの多くは、希少価値の先にある「本質的価値」を、顧客に訴求できなかったということでしょう。
その最たる例が、「小泉純一郎」ではないかと思うんですけどね。



2.判断基準を作れない消費者


とはいえ、製品やサービスの価値が下がってしまうのは、企業側の問題だけではなく、消費者側にも責任の一端はあるのではないでしょうか。

「責任」というと、消費者は本来自由であるべきだから、追求の矛先が間違っているような気もしますが、「消費社会」としてではなく、もっと大きな意味で「日本経済」を考えたときに、「こんな浮ついた気分でよいのか?」と疑問を感じてしまいます。

何より消費者が、以前よりも情報に右往左往するようになった気がします。
悪くいえば、情報操作されやすい人が増えたということもできるかもしれませんが…。

マスコミで「評判」といわれると、みんながみんな、「とりあえず」体験しておこうとする割合が、高まったのではないでしょうか。
とくに、ネットで口コミ的な評判が高まると、我先にと押し掛ける。
まだ希少性があるうちに体験しておきたいと殺到するわけです。

企業側も、そこで「損」を出すわけにいかない。
商機をみすみす逃すようなことをしていては、投資家からそっぽを向かれてしまう。
だから、殺到する顧客に、何とか対応しようとし、規模を拡大する。
規模を拡大した頃には、移り気な消費者の志向は、もう別な方向に向かっている…。
過去何度も繰り返されてきたことでしょう。

我々は、何をしたいのでしょうか?
何を求めて、物を買ったり、サービスを提供してもらうのでしょうか?
私は、企業側が、製品・サービスの本質的価値の訴求を怠っていたというよりも、「本質的価値を理解しようとしない消費者」が、あまりにも増えすぎたような気がしています。

何でもかんでも、その場限りのインスタントな消費にしてしまい、企業もその勢いに翻弄されるばかり。
ユニクロも、スタバも、マクドナルドも、ソーリダイジンも、みんな同じ価値観で選択している。
「人気がある」ということだけで。

溢れるほどの情報が、いつでもどこでも手にはいるようになった代償として、我々は判断能力が、どんどん低下しているのではないでしょうか。
自分なりの判断基準を作ることが、できなくなっているともいえます。

オリジナルな判断基準を作れないから、「決断」ができない。
偉そうなことを書いている私も、実はそうだったりします。
ネットで株式を買う時がそうです。

それこそ情報は溢れるほど、ネット証券会社から提供される。
その他、普段のニュースもあるし、2chのような、ややアングラな情報もある。
私自身、まだ株式投資に関して、確固たる持論など作り得ていませんから、結局、「優秀っぽいアナリストが『買い』と書いていたから…」というような、安直な判断で行動を起こしてしまう。

でも痛い思いもしながらも、何とか持論を作ろうとは思っているんですけどね。(T-T)
そう、持論(=判断基準)を作るのは、面倒なんですよ。
時間もかかるし、面倒くさい。
だから、そんなことは、なかなかやらない。

仮に判断を誤っても、大して痛みを感じないことには、無頓着でいられますから。
あれほど人気だった小泉サンの無策ぶりに、国民が何も行動を起こさず、怒りもしないのは、結局、日本を代表する人が誰であろうと、自分の生活が痛くも痒くもないからでしょう。
今の日本は、小金持ちの面倒くさがり屋さんの集まりなんでしょうね。
哀しいことですけど。



3.中身を伴わない成長


こう考えると、「ブーム」など、起きない方がいいのでしょうか。
ユニクロやスタバを見ていると、そう思えてしまいます。
ソーリダイジンも、ね。
上がるのも早ければ、落ちるのも早い。
一度、凋落したイメージを持たれてしまうと、それを払拭するのは、本当に難しいことです。

一過性のブームをブームに終わらせず、長期に安定した売上を確保する。
よく言われることですが、そんなに簡単なことではありません。
であれば、どんなにお客様が殺到しようとも、それに踊らされることなく、地に足の着いた戦略を取った方が賢明なのではないでしょうか。

目の前に、お金がぶら下がっているのに、それをみすみす取り逃がすことは、悪いことのように思えます。
でも、自分たちのコンセプトを理解しない(できない)人にまで、製品・サービスを売ってしまうことが、後々、悪い結果をもたらすのなら、グッと堪えることも必要なのではないでしょうか。

「身の丈に合わない投資」とは、よく言われますが、「中身を伴わない成長」という言い方もあると思います。
お客様の数が増えれば増えるほど、その考え方は多様化してきて、当然ではあります。
でも、強いブランドであればあるほど、そのブランドに対するお客様のイメージは、一定のはず。

ロングセラーブランドの代表例として、よくあげられるバイクの「ハーレーダビッドソン」はまさにその典型でしょう。
マッキントッシュは、自分の「身の丈」を、いまだ見極められない感じ。
無理な拡大は、コアなマックユーザーの反発を招きますから、難しいです。
難しいことではありますが、最初に買ってくれたお客様と、10万人目のお客様が、ブランドに対して同じ理解をしてもらえるようにしたいものです。

反対に、消費者としての自分を考えれば、ブランドやお店を「育てる」という気持ちも必要なのでしょう。
ホイホイと新しいモノに、移り気に乗り換えるのではなく、自分の「お気に入り」にする気持ち。

いつまでも、自分のスタイルを決められず、浮ついているのではなく、どこかに腰を落ち着けようという気持ちにならないと、いつまでたっても日本には、「バブルの爪痕」ばかりが生まれ続ける気がします。