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いきなり時事問題ですが、「石原慎太郎」は、なぜ都知事に当選できたのでしょうか。政治的にではなく、マーケティング的な視点から考察してください。
「石原裕次郎ブランド」と「NO!を付きつけられる強い政治家」のイメージづくり
「石原ブランド」というより「石原裕次郎」ブランドを最大限活用したのが、最も大きな原因ではないか。
告示日の第一声が「石原裕次郎の兄でございます」。投票日前日の締めくくりが、「裕次郎がいるときはいつも雨が降っていた。今日も裕次郎が来ているのだろう」(正確ではないかもしれない)。
立候補しているのは「石原慎太郎」であり、とっくに死んだ人間は、全く関係がない。「裕次郎」を連発することで、反感を覚えた人も多くいるようだ。私もその一人である。
しかし、芸能史上最大の人気俳優の影響は、まだまだ大きかった。
現に、演説時には、裕次郎の話をするたびに、元少女のオバサンたちから、きゃーきゃー(がーがー)言われていたし、街頭インタビューでも、裕次郎のことを挙げるオバハンが、けっこういた。こういう中年層の、淡い青春時代の思い出心をくすぐったのは、確かではないか。
東京には無党派層が多い。これは美濃部さんの時代から(もっと昔からか)言われているが、無党派層は、ミーハーな人が多いのも確かなようだ。その無党派層に対し、「裕次郎」を筆頭に、渡哲也、神田正輝、舘ひろしなど、そうそうたるメンバーを応援者に起用し、幅広いミーハー層を、巧みに取り込んだのではないか。
もうひとつは、「NO!を付きつけられる強い政治家」のイメージを強く、しかも、一貫して押し出したことではないか。イメージを一貫して打ち出すというのは、舛添要一の福祉を筆頭に、多くの候補が行っていた。しかし、石原慎太郎は、青島幸男に期待を裏切られた都民の心を、最もつかむイメージを打ち出していたと感じる。
青島幸男は、都知事になる前は、反骨精神旺盛な政治家で、しかも芸能人。無党派層の人気を、充分に集められるキャラクターであった。そして彼は、職員のリストラを含めた都財政の再建、福祉政策の充実など、実際に起こったら、とても魅力的な政策を並べた。
案の定、圧勝で知事になったが、現実には、都市博中止以外はなにも起こらなかった。
都民は、こうした期待はずれの人気キャラクターには、愛想が尽きている。そうした中で、今回の有名人勢ぞろいの候補者は、皆おいしい事を並べ立てるだけで、そこには常に、「青島幸男」のイメージが重なったのである。
ところが、石原慎太郎は唯一、都民に痛みを伴う政策を、堂々と掲げた。
福祉や財政再建といった「アメ」だけを並べる候補者だらけの中、「マイカー規制」や「ゴミ収集の有料民営化」など、都民に痛みの伴う政策を掲げたことで、「強い政治家」「NOといえる政治家」の印象を強くした。
元々、タカ派の政治家ではあるが、今回の選挙では、青島都政への失望感を、巧みに汲み取って、あえて強硬なイメージを一貫していたといえる。この都民の政治家に対するニーズに、最もマッチしたイメージ作りを行った結果、勝利したのではないか。
RRRの販促用調査で行った「日本の首相」で、近年の首相の中から今の首相候補を尋ねたところ、「中曽根康弘」がダントツであった。
首相在籍時は、「浮沈空母」発言など、タカ派の政策で反感を買ったが、今の世の中に求められている政治家は、多少右よりでも「強い政治家」のようだ。石原陣営はこのあたりのニーズを調査したのではないか。

そうなんですか。販促でかけた調査では、中曽根元首相なんですか。都民の心というか、日本人の心がわからなくなってきました。でも、中曽根元首相の功績として、NTTとJRの民営化があげられるから、そのあたりの「実行力」も期待しているのでしょう。
いずれにしても、石原慎太郎が「都民に痛みを伴う政策を掲げた」という点はいいですね。たしかに、他候補は、言ってみれば、ありきたりの、これまでどおりの「私はこれこれこういう人です」ということをアピールするばかりの選挙活動。
ところが、石原氏は、「言いたいことは言う」という考え方のもと、選挙対策本部長となった長男など、周辺ブレーンも、あえて自由奔放に、石原慎太郎の思うままに、やらせたようです。
この辺が、「本当に実行してくれそうな人」を選ぼうとしていた都民に「刺さった」のでしょうか。では、なぜ「刺さった」のでしょうか。
私は、今回の都知事選は、マーケティングになぞらえれば、最近の「消費者の商品選択行動」が最も顕著に見えてくるものではないかと思っています。
昨今の、消費行動での最も大きな特徴は、「一人勝ち(理論?)」でしょう。「小室哲哉」しかり、「だんご3兄弟」しかり。音楽関係ばかりでなく、トヨタしかり、プレステしかり、そしてスーパードライしかり。なぜ、これらの商品は「圧勝」するのでしょうか。売れるものは売れて、売れないものは、さっぱり売れない。
たしかに、計算されたマーケティングに基づいて、営業戦略を立てているものもあるのでしょうから、勝ってしかるべしなのでしょう。それにしても、「十人十色から一人十色へ」と、消費の多様化自体は、かなり前から叫ばれていますが、こんな「独占商品」ばかり出現する日本は、なんだかんだ言っても、結局は、「寄らば大樹の陰」なのではないでしょうか。
ここ数年の、消費者の商品選択のキーワードに、「みんなが使っている」とか、「流行に乗り遅れない」ということもある気がします。この点についての根拠は、全くないのですが、前述の、超ヒット商品のことを考えれば、あながち暴論ではないでしょう。
そして、このような考え方をする人々こそ、「無党派層」なのではないかと思います。
「無党派層」。いかにも「自由人」みたいな、汚い政治を超越した意見でも持っているかのような、良い印象を与える言葉ですが、その実態は、「迎合すべき大衆はどこにいるのかチャンスを見計らっている層」なのではないでしょうか。
自分からは、言い出せない。でも、まわりが大きく動き出そうとしているのを見て取ると、確実に「勝ち馬に乗ろう」とする。この人たちは、かなり、ご都合主義な人々と考えられます。
勝ち馬に乗っている理由を問われれば、(都知事選でいえば)「政策がしっかりしている」とか、「実行力がありそう」などの、「それなりの回答をする能力」を持っているので、この層の真意は、得てしてベールに包まれています。でも、その真意を突き詰めてみると、案外、「みんなが、石原慎太郎がいいと言っているみたいだから」ということなのではないでしょうか。
もちろん、このように考えているのは、石原氏に投票した人全員ではないでしょう。ただ、彼に投票した160万票の何割かは、このように考えて投票しているのはないでしょうか。
現実的に、日本で発売されている商品は(都知事までも含めて)、その「性能」を考えたのなら、「どれを選んでも大差ない」というのが実情です。
ビールだって、「まずいビール」など発売されるわけがありませんし、「流行の音楽」など、本当に理解できる人など少ないでしょう。自動車だって、道の真中で止まってしまうクルマなど、最近ではありえません。
だから、消費者一人一人に、「自分はこの商品の、ここがいいから選んだのだ」という根拠が、かつてより希薄化している気もします。
結果的に、今回の都知事選も、2位の鳩山氏との得票は、倍近く開きがあります。結果だけ見ると、間違いなく「一人勝ち」に見えます。
そして、このような結果の出ているマーケットこそ、「要するに、どの商品でも性能は同じ」ということを証明しているのではないでしょうか。反対に、上位ブランドのシェアが肉薄しているマーケットこそ、商品の個性が際立っている可能性があります。
どうですか。このような考え方は、できませんか? 都知事選の結果一つ取ってみても、最近の日本人の考え方が見えてくると思いませんか?
最後に肝に銘じなければいけないのは、このような状況に、最も重要な影響を及ぼすことが、「投票前調査」だということです。
「石原氏優勢」。今回の報道では、前回の都知事選での事前調査について報道に、自民党からクレームがついた関係もあってか、かなり慎重な報道のされ方をしていましたが(要は、事前調査結果が、青島圧勝の礎を作ったと解釈された)、それでも、結局、調査結果を隠すことはできませんでした。そして、やはり今回も、この調査結果を知って、自分の意思を固めた人もいるでしょう。調査は重要ですね。一つの調査が、マーケットを結果として左右してしまう。そんなこともありうるのでしょう。
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